Category Archives: 理事長ブログ

時間の過ぎよう

時間がものすごい早さで過ぎていこうとしています。「ゾウの時間ネズミの時間」という本があります。体重に比例して時間はゆっくり流れる、だいたい哺乳類では15億回の心拍が一生ということです。人間でいうと26.3年とのことです。様々な科学や医学が進歩し、本来の寿命より長く行きている寿命は「おまけの人生」ということのようです。ネズミとゾウとは生きている時間が違っても感覚的には同じ時間を生きているのでは、ということのようです。ゾウの50年とネズミの1年が同じ時間感覚と考えられます。ネズミは1年で50年を生きるため。時間はゆっくり流れていきます。ゾウの50年はネズミの1年と考えるとゾウの時間はすごく早く流れていることになります。友人がこれをひいて、人間として幼いとき、成人したとき、老いた時と考えると、幼い時は小さく感覚的にゆっくりと時間が流れ、成人して大きくなり、そして老いていくに従い感覚的に時間が早くなるのでは、と言っておりました。若い時は一日が長く、仕事をし、勉強をし、友人と語らい、飲んだりもしました。しかし、老いた今は、この中の一つをするのが精一杯という感じです。すなわち時間が早くなってしまっているのではと思わされます。まさしく友人の言ったことが実感として理解できるような気がしているこの頃です。そんな今、やれることは少なくなっているのだと思いますが、なんとかやっていくことが「おまけの人生」の責務のような気もしています。子どもたちは、ものすごいスピードで様々な事を学習していきます。時間がゆっくり流れているからでしょう。そんな子どもたちと一緒にいて、この世界の様々な事、不思議なこと、面白いこと等伝えたいなといつも思っています。

大とら組という中学校以上の子どもたちのグループでは、この世界の様々なことを伝えるように気をつけています。ヨットの経験、登山の経験、美術館の経験等数え上げたら切りのないほどの世界ではないでしょうか。子ども時代のゆっくりと流れる時間の中で、たっぷりと経験・体験することが素晴らしいと私は思いながら、子どもたちと未だ出会っています。2017/11/06

ごぶさたしております。

気がつくと瞬く間に時間の経っていることに気がつきます。園長退任から、もう一年も過ぎてしまいました。この一年様々な事があり、多くのことを考えさせられました。出来事について、羅列してみます。

昨年(2016年6月)に長年の懸案だった社会福祉法人立の医療事業がにわかに現実性を帯びました。協力医師が表れたからです。この準備を進める中で、県の認可を得なければならなくなり、大きな暗礁に乗り上げました。しかし、この問題は継続中と考えております。

改築後の新しい園舎での活動が始まりました。しかし、仮園舎からの引越しや、新しい園舎での活動への慣れなど、色々な問題を引きづりながらの出発となりました。そのためか、運営の面でのぎこちなさがあり、利用率などにも影響したことがあげられます。平成29年度からは、こうした点について様々な面から反省を加え、新たな出発となっています。

ワークショップの開催(平成29年1月21日)には、オリブ園をよく知ってもらいたいと言うことで、オリブ園の紹介をオリブ園職員で行いました。また、これまでの支援の結果としてオリブ園を卒園していった子どもたちの家族の体験を、家族向けで行いました。それぞれ多くの成果を得たと考えております。

昨年の事業報告(平成27年度事業報告)の巻頭に、柴田貞雄先生(元国立身体障害者リハビリテーションセンター学院 学院長)より特別寄稿を頂きました。日本の言語聴覚士育成のために尽力された柴田先生の文章には強く心を打たれました。柴田貞雄先生には心から感謝申し上げます。

その他、様々な事が公私ともどもありました。これから少しずつ記していきたいと考えております。

オリブ園改築 園長退任

平成27年度1年間をかけてオリブ園を改築致しました。開設40年を越え、老朽化と日本海中部地震、東日本大震災と2度の大きな地震を越えてきました。さすがに老朽化と耐震のために改築を決意致しました。平成28年3月30日竣工式を行うことが出来ました。細かい所が完成致しましたら、皆様に画像をお見せすることができると思います。

平成13年度より私こと後藤進がオリブ園施設長をやってまいりました。この度、施設長の役を退任し、佐々木明美が新たにオリブ園施設長となりました。今後ともどうぞよろしくお願い致します、

谷口明広先生 追悼

谷口明弘先生2016年1月24日逝去

1956 年京都市生まれ。生後間もなく重症黄疸のため脳性マヒとなり、四肢および体幹機能障害で車いすを使用。1980年桃山学院大学社会学部社会学科卒業。 2001年同志社大学大学院文学研究科社会福祉学専攻博士後期課程満期退学。2005年社会福祉学博士(同志社大学)取得。愛知淑徳大学医療福祉学部福祉 貢献学科教授。(有)自立生活問題研究所所長(1987年~)

谷口明弘先生を私が知ったのは、平成12年度全国肢体不自由児養護学校PTA連合会の講演録を読んだ時からでした。講演録を持って来てくれたのは、当時秋田の肢体不自由養護学校で医療的ケアができず、母親が時間的に縛られる事をなんとかしなければと集まった家族から頂いた冊子でした。文章を読み、その卓抜したユーモアと現実をしっかり見すえる目の確かさに深く心を打たれました。それから、何年もそのままに過ぎたのですが、全国児童発達支援協議会に関わり、全国研修会に講演者として参加していただき、初めてお目にかかったのです。すぐ、私たちのワークショップへの参加を依頼しました。2011年秋田まで来ていただき、当事者である自分とその母のお話にきいていた多くの方が心打たれました。一昨年のCDSの全国研修でも講演して下さり、その真実をつくユーモアに大いに心打たれました。残念です。

ここに哀悼の意と感謝を述べさせていただきます。

追悼 船山忠重様

元理事の船山忠重様が平成27年8月に94歳で亡くなられました。

昭和47年に社会福祉法人グリーンローズが認可されてから平成10年に退任するまでの26年に亘る長い期間理事を引き受けてくださいました。

その間にはオリブ園が難聴幼児通園施設に認可され、ルーテル愛児幼稚園が学校法人に認可されるなど、社会的に公認されるようになりました。

船山氏は秋田市の教育委員長や第一助役をなさっておられましたので、秋田県や秋田市との交渉の助言や予算や決算時の理事会では亡き工藤市吉氏や加藤正男氏とともに私どもにとっては大変貴重な助言を賜りました。

個人的なことですが、船山氏は私の父、片桐格が秋田製鋼という会社で働いていた時の同僚でした。朝鮮動乱が始まる前に会社は倒産し、その後、秋田市役所に就職されたと聞いております。理事を退任されてからは季節の節目には幼稚園の畑でとれた野菜をご自宅に届けたりしておりました。最近は老健施設を利用なさっていたそうですが、ご子息の幸男さんのお話では自動販売機まで移動するとき、車いすを巧みに操作したり、頭脳も冴えていたと聞いておりましたので、急な訃報には大変驚きました。お線香を上げさせて頂き、奥様に、長い間お世話になったお礼を申し上げました。49日の忌明けから2週間後に後を追うように奥様のフミ子様もお亡くなりになられました。ご夫婦の絆を感ぜずにはおられません。

船山忠重様に深く感謝し、ご冥福をお祈り申し上げます。

社会福祉法人グリーンローズ 前理事長 片桐勝也