Category Archives: 理事長ブログ

卒園・就学

平成30年3月24日オリブ園・「ことば」の教室の卒園式が行われました。35名の卒園児が元気に卒園していきました。卒園式は卒園児13名と参加者が少なかったのですが、ひとりひとりの元気な姿が印象に残りました。グリーンローズの創設者である片桐格先生が、卒園児の似顔絵を長く描いてこられました。格先生が亡くなられた後、私が下手ですが似顔絵を引き継ぎました。個別支援の対応がほとんどのため、なかなか子どもたちと直に会えないのですが、この似顔絵描きで子どもたちと出会っています。写真を撮りに個別の部屋で出会い、その写真を見ながら描きます。そうすると子どもたちの顔と出会い、様々な想いが浮かびます。絵が下手なため、なんとかその子どもの名前に因んだ文言も入れるようにしてきました。この文言探しがけっこう時間がかかります。文言であれば何でもいいという訳ではなく、やはり希望や前向きの姿勢などが盛り込まれた文言ということになります。短歌、俳句、その他歴史上有名な人の文言など探して、似顔絵の側に書いてきました。それにしても文言の文字の下手さにも自分で嫌になったりしますが、文言の仲身でなんとかお許し願いたいと思っています。

今年の文言を少しだけ紹介します。「和」という文字のある子どもへの「There is no path to peace. Peace is the path. 平和への道はない。平和こそが道なのだ。ガンジー」は、私自身が深くうなづかされました。また、「秋空を二つに断てり椎大樹 高浜虚子」などすごい俳句だと思いました。このような文言のむこうに子どもたちの顔が浮かびます。そして新しい時代をしっかり生きていってほしいと強く願っています。2018/04/04

秋吉敏子

朝日新聞20180303にジャズピアニストである秋吉敏子の記事が載っていました。その中に「今まで収録でもライブでも一度もこれでよかったと思ったことはない」というような文章がありました。88才という高齢になりながらなお高みを目指していることはすごいことだと思いました。さらに世界、ヒロシマや水俣を見つめ続ける政治性もすばらしいと思わされました。こうした世代を超え、さらにやがての世界までメッセージをジャズに乗せて伝えようとする意志こそ学ばなければならないと思いました。(余りに有名なため敬称略)

野澤和弘さんの講演が12月17日に秋田市であり、聞きに行きました。障害者虐待等のお話でしたが、自閉症である自分の子どもさんについてたくさんの心引かれるお話を聞くことが出来ました。その時購入した野澤さんの著書である「障害者のリアル 東大生のリアル」の中に、「自分のいない未来に小石を投げる」ということばがあり、心打たれました。自分も野澤さん以上に年齢を経て、よく自分のいない未来を想像したりします。そして、これまで自分のいない未来に小石など投げることが出来ただろうかと、振り返ったりしました。20180303

趣味

若いときから囲碁を趣味としてきました。最近、打つ機会が少なくなり、棋力の衰えは目に見える程です。しかし、碁の読み物は欠かさず読んでいます。随分昔に購入した「詰碁歳時記」橋本宇太郎著は、私自身の目の衰えで、小さい字で読みにくくなってしまいましたが、愛読しています。橋本宇太郎9段は関西棋院を立ち上げ、その最中に本因坊戦を戦います。相手は日の出の勢いの日本棋院の坂田栄男9段でした。坂田9段3勝1敗、本因坊位にあと1勝と迫り、山梨県の昇仙峡での第5局の対局に、「首を洗ってきました」という橋本9段の談話が残されていたと記憶しています。昇仙峡で、勝利を得た橋本9段は昇仙峡の勝利を入れて3連勝し本因坊位を守り抜きました。この勝利は、関西棋院存続に大きな力となり、今日まで続いております。橋本宇太郎9段の「詰碁歳時記」は、詰碁はもちろんですが、俳句、川柳、短歌、漢詩への造詣の深さがにじみでている書と言えます。作品作者の背景までまことに詳しく、そこに描かれている情景そのものについても目の当たりにするように描かれています。棋士としても一流中の一流でしたが、こうした文学への造詣の深さ、そして関西棋院を日本棋院に対抗して作り継続した反骨精神の橋本宇太郎9段に、最近強い尊敬の念をもっています。20180301

新しい年

新しい年を迎えてすでに2ヶ月が過ぎようとしています。そして年度末です。卒園していく子どもたちが、元気に学校という場で過ごせるように願っています。子どもたちの写真をとったり、似顔絵を描いたりしている毎日です。これから、少しずつ想いを書き綴っていきたいと思っています。間をおかず、できれば毎日のように、歳時記のように綴りたいと思っています。心に残った様々な事を綴ることができればと思っております。20180228

時間の過ぎよう

時間がものすごい早さで過ぎていこうとしています。「ゾウの時間ネズミの時間」という本があります。体重に比例して時間はゆっくり流れる、だいたい哺乳類では15億回の心拍が一生ということです。人間でいうと26.3年とのことです。様々な科学や医学が進歩し、本来の寿命より長く行きている寿命は「おまけの人生」ということのようです。ネズミとゾウとは生きている時間が違っても感覚的には同じ時間を生きているのでは、ということのようです。ゾウの50年とネズミの1年が同じ時間感覚と考えられます。ネズミは1年で50年を生きるため。時間はゆっくり流れていきます。ゾウの50年はネズミの1年と考えるとゾウの時間はすごく早く流れていることになります。友人がこれをひいて、人間として幼いとき、成人したとき、老いた時と考えると、幼い時は小さく感覚的にゆっくりと時間が流れ、成人して大きくなり、そして老いていくに従い感覚的に時間が早くなるのでは、と言っておりました。若い時は一日が長く、仕事をし、勉強をし、友人と語らい、飲んだりもしました。しかし、老いた今は、この中の一つをするのが精一杯という感じです。すなわち時間が早くなってしまっているのではと思わされます。まさしく友人の言ったことが実感として理解できるような気がしているこの頃です。そんな今、やれることは少なくなっているのだと思いますが、なんとかやっていくことが「おまけの人生」の責務のような気もしています。子どもたちは、ものすごいスピードで様々な事を学習していきます。時間がゆっくり流れているからでしょう。そんな子どもたちと一緒にいて、この世界の様々な事、不思議なこと、面白いこと等伝えたいなといつも思っています。

大とら組という中学校以上の子どもたちのグループでは、この世界の様々なことを伝えるように気をつけています。ヨットの経験、登山の経験、美術館の経験等数え上げたら切りのないほどの世界ではないでしょうか。子ども時代のゆっくりと流れる時間の中で、たっぷりと経験・体験することが素晴らしいと私は思いながら、子どもたちと未だ出会っています。2017/11/06